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vol.109 2016.4 発行

<第109回>車いすの不良R

 ぼくがあいつと出会ったのは、養護学校高等部に通いはじめてしばらくしてからの事でした。
 養護学校に通う前までは、15歳ぐらいまでしか生きられないという診断を受けていたのもあり、勉強にも自分の将来にも無関心で、ただ家でゲームをしているだけでも許されたし、家族に海外旅行へ頻繁に連れていってもらったりしていて幸福感があり、このままラッキーな生活をしていこうと思っていました。

 ぼくは普通の小、中学校に通っていましたが、車いすに乗りはじめた小3あたりから、遊んで暮らしていたので成績が悪く、進路相談などでは、中学卒業後、偏差値レベルに合った、ぼくのような身体障がい者でも通える高校はないと言われていました。
親や先生が必死に探してくれていましたが、ぼく自身は高校受験が面倒くさかったので、努力もなにもせず過ごし、養護学校高等部へ進学する道を選びました。

 しかしそこでぼくを待ち受けていたのは、障がい者と健常者の扱いの差や、別世界に閉じ込められたかのような疎外感でした。
 失礼になりますが、同級生はその重すぎる障がいから、同じ立場で対等に付き合う事は難しく、先生方はそんなぼくを気づかい、若い振る舞いでフザけた会話や動きで構ってくれるのですが、年季の入ったエッチな話などは正直エグすぎたし、趣味なども昔の話なので興味が持てず、まさに地獄の日々だと思うようになってしまいました。

 たまに学校をサボったり、マンツーマンで受ける初心者先生の授業を放ったらかしにし、野津田の山に散歩に抜けだしたりして日々をしのいでいるぼくを見て、担任の先生が「パソコン通信ができるようになれば世界が広がるかもしれない。」と教えてくれました。
 その日からぼくは、学校に「パソコン室」を設置してもらい、事あるごとにその部屋に籠り、パソコンの操作やローマ字打ちでキーボードのブラインドタッチの修行に明け暮れました。

 そしてついに、パソコン通信のやり方をマスターし、電話線にモデムを準備し、パソコン一式を先生に言われるがまま購入(当事で40万の無駄機能満載のもの)させられ、ニフティサーブへの登録をして、チャットというものをはじめました。
 パソコン通信、特にチャットは会話が常に電話線を介してリアルタイムで行われるので、当事1分10円で行われていました。
 しかしぼくは、同世代の健常者に強い飢えを感じていたので、同世代のチャットユーザーとの会話がとても刺激的で、夢中でチャットに参加しました。

相手も多額をかけて参加しているので、本気で友人を探していたり、恋愛しようとしていて、まさにぼくの待ち望んでいた世界が広がっていました。
 そんな時でした、ぼくがあいつと出会ったのは・・・。
 チャットにも慣れ、ぼくはブラインドタッチをマスターしていたのでキーボードを見なくても文字が打て、会話への返し(レス)や特定の人だけにメッセージを送れるコマンド打ちが早く、他の同世代チャットユーザーからは「おもしろいし良い人だ」と評価されていました。

 あるチャットメンバーが、10代だけのサークルを作ろうと提案してきたので、とても興味があり、夢のような話だったのでぼくはそこらじゅうの友だちになったチャットユーザーに次々と特定メッセージを送り、中高生を誘いまくりました。
 提案者であるリーダーは、2つ年上のカリスマ性を持ったお兄さんで、そちらもぼくの倍ぐらいの人数の中高生をサークルに呼んでおり、30人ほどにメンバーが膨れ上がり、とても賑やかで楽しいチャットが連日、夜11:00~深夜の電話料金固定時間に繰り返されました。

 ある日、サークルのリーダーが言いました、みんなで東京駅に集まって遊ぼう(オフ会をしよう)という事でした。 その提案に、住んでいる場所はみんなバラバラで、北は岩手から南は福岡のメンバーらが「絶対行く!」と答えていきました。
 ぼくは行ってみたい、みんなに会いたいという気持ちと、行けば障がい者である事がみんなに分かってしまい、付き合い方を変えられてしまったり、気持ち悪いと言われたら怖いと考えてしまい、リーダーの「参加するってなんで言わないの?」というメッセージに、数日、レスを返せませんでした。

 でもぼくは、このまま文字だけの世界で話していても本当の友だちは出来ないし、彼女を作りたい気持ちも強く、オフ会に行こうと決心しました。でも、やはりオフ会なので、待ち合わせの集合場所や、お店を予約したりするので、バリアフリーが少ない時代だったのもあり「ぼくは車いすです。」と、事前にみんなに伝える必要があると思いました。
 ぼくは勇気をふりしぼり、みんながワイワイ盛り上がっているドサクサに紛れて「実は俺、車いすなんだよね(*^_^*)」と発言しました。すると、ぼくの嫌な予感が的中したかのように、あんなに流れていた文字が止まり、シーンとなってしいました。
みんなビックリして気を使ったのか、明らかに空気が重くなってしまったのです。

 そんな時、ついに誰かが発言をしました。
「それがどうした?俺も車いすだよ~っと(・。・)」
ぼくは驚きました、と同時にすごく気が楽になりました。そして他のチャットユーザーも発言をはじめました。「私、リストカッターだし(_ _)」「俺、男が好きかもしんね~(*´ω`*)」「実際は人としゃべれません…orz」など、中には嘘があったかもしれません。この窮地を救った最初の発言者、彼こそが「車いすの不良R」でした。
彼はさらにこう言いました。
「人間誰にも障がいなんてあるだろ、だから何?って話さ( ゚Д゚)y─┛~~」
ぼくは彼に感謝し、同い年の障がい者なのに、すごいなと思いました。

(未完) 2016/2/15 山本 俊慈


 上の文は、本年3月にお亡くなりになったPAMスタッフの山本俊慈さんの作品です。山本さんはデザイン関係の担当やコラムの執筆者を目指して日々努力されていました。志し半ばで他界されてしまいましたが、彼の努力と前向きな姿勢は敬意を受けることに値するものだと思います。今回、未完ではありますが「車イスの不良R」を掲載させていただきました。続きを読めないことがとても残念です。ご冥福をお祈りいたします。(TK)



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