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vol.118 2017.1 発行

<第118回>福祉の起源(仮説)

介助(介護)は福祉業と呼ばれます。Wikipediaには福祉は「すべての市民に最低限の幸福と社会的援助を提供するという理念」と記されています。さらに社会福祉は「国の法で規定される社会保障の一分野」と記されています。つまり、福祉は誰もが幸福になるべきとの考え方で、それをルール化したものが社会福祉と言うことになるでしょうか? そんな福祉の起源について類人猿の社会行動を観察した研究を参考に考察してみました。

遺伝的にヒトに最も近い種であるチンパンジーの集団には政治的な行動が観察されます。ここでの政治的な行動とは「ボスが集団のメンバーや縄張りを統治する行動」や「集団の秩序を形成するための行動」などを指します。これらの行動を原始的な政治行動と考え、進化の過程で複雑化し精緻化されたものがヒトの政治行動であろうと考えます。

政治的な行動の例としてオスの権力闘争を考えてみます。オスのチンパンジーが集団のボスになる能力は、力で権力闘争に勝ち残れるだけで十分とは言えません。例えば、No.1オスからNo.2とNo.3のオスが協力してボスの座を奪い取り連立政権を形成することもあります。また、その後に2頭の権力争いが発生するなど、ヒト顔負けのドラマも発生します。チンパンジーもヒトの政治家と同様に謀略や陰謀を駆使した権力闘争を行っているように思えます。

謀略や陰謀とは方向性が異なりますが「ボスが子どもの面倒をよく見る」や「メスたちを公平に扱う」との手段も権力闘争には有効に働きます。ボスの特権はメスとの優先的な交尾なので権力闘争の場面でのメスからの支持はとても有効に働きます。また、メスからの支持を受けることでボスの座に長期に留まったNo.1オスの例もあります。このメスや子どもという弱い立場への行動が福祉行動の起源だと考えるのが「福祉の起源の仮説」です。

福祉の起源を上記のような権力闘争の手段の一つと仮定し、ヒトの政治と福祉の関係を考察すると、「政治は市民の福祉を実現させるために作られた」ものではなく、「権力闘争の手段として政治や福祉が作られた」ことになります。つまり、「政治や福祉は権力者の為にある」ことになります。「福祉は誰もが幸福になるべきとの考え方である」という素朴な捉え方は根底から崩れてしまいます。とは言え、権力闘争の手段としての福祉は「福祉は集団形成や権力の維持に不可欠」との証明でもあります。福祉を軽んじるとボスの座には着きにくいし着いたとしても維持はしにくいからです。

 福祉職にかかわる私たちは上記の仮説から何を導き出せばいいでしょう?「しょせん福祉は権力の手段」との悲観主義でしょうか?「それでも福祉は必要不可欠」との楽観主義でしょうか?「福祉が有ることが重要」との現実主義でしょうか? 福祉職に携わる、または福祉を利用する私たちは、福祉が権力闘争に必要不可欠であることを利用して権力闘争を行う為政者たちに福祉の充実を要求する、さらに必要不可欠である福祉にかかわることにプライドを持つ、というのは如何でしょう。(TK)



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