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PAM通信モバイル版

コラム

vol.57 2011.12 発行

<第57回>エベレスト

今回のコラムは、PAMのヘルパー・スタッフであるOさんに書いてもらいました。


「エベレスト見に行かない?ただ歩くだけだし、楽しいよ」 友人に誘われ、エベレストという単語に反応して、ふたつ返事で決めた10月のヒマラヤ旅行。しかし、よく考えてみれば、私は人並み以上に体力もなく喘息持ちで、第一に山への興味などほぼ持ったことがないのだった。 登山の出発地はルクラという街だった。 ネパールのカトマンズから飛行機に乗り、世界で一番こわい(よく落ちる)と言われているルクラ空港に降りる。実際この飛行機は15人程度しか乗れず、ぼろぼろで指定席もなく、飛行中は上下左右に激しく揺れ、ジェットコースター並のスリルが味わえた。天気の悪い日はすぐに空港は閉鎖されるので、一週間以上飛ばないこともよくあるそうだ。

 エベレスト街道を歩くことは、登山が趣味の人たちには最終的な夢のようなものであるらしいが、まったく準備や訓練をして来なかった私は、ただひたすらに長い山道に愕然としていた。長く細い、いつ落ちてもおかしくないような吊り橋も3本目くらいからは無感動で渡るようになる。色んな国の登山者達とガイド、荷物を運ぶ現地の人とヤクという牛のような動物、小さな集落、川。最初は一緒に歩いていた友人ともいつの間にか距離が開き、自分の呼吸と足音しか聞こえなくなる。午後、日のある時間に宿泊するロッジに着き、用具の手入れをし、質素な夕食を取り、洗面器一杯のお湯をもらって体を拭いたり歯を磨いたりする。

 夜は頻繁に停電になるし暖房もなく寒いので、寝袋に入りヘッドライトで本を読んだり地図の確認をしたりして過ごした。朝は、朝食を取るなりまた歩き続ける。この繰り返しで、高度に体を慣らしながら登っていく。 そして案の定、私はすぐに高山病になった。山道を歩いていながら、意識は遠のき眠気が襲ってくる。顔は怪物君のように腫れ、頭痛、めまい、吐き気で、足取りがふらふらとする。しかし一年のうちの半分以上日本にいない、冒険家でもある友人は、一緒に旅に出てみたらかなりのスパルタだったのだ。高山病申告をした私をつまらなそうに見ながら、容赦ない言葉をあびせる。「何で足が出せないの?」「もっと速く歩いて」「つらい顔を強調して歩かないで」 「死ぬの?死なないよね?だったら足を出して」 私は心の中で(鬼かよ…)と思いながらも、頭も体も思うように動かない自分の状況が面白くてへらへらと笑い、さらに怒られたりした。

ひとりで滞在していたナムチェバザールという街の写真
(ひとりで滞在していたナムチェバザールという街)

 結局、私だけ3400メートルのナムチェという街に残り(高山病にかかったらそれ以上登ることが出来ない)、友人が戻って来るまでの4日間をひとりで過ごした。小さな街だったが、パン屋のようなカフェに入りびたり、バーで登山映画をみて、体調が良ければ近くの村まで散歩に行き、商店の偽物登山グッズの出来を吟味してみたり、ネットカフェから利用者さん達に高山病でつらいというメールを送りつけたり、地元ビールの味比べをしたりして、ひとり暇な時間をつぶし続けた。そんな中でもふと顔をあげると、いつもそこには壮大な山があって遠近感がおかしくなるほどだった。

 夜、満月に照らされた山は何だか恐ろしいもののように見えたし、毎朝起きては、山に囲まれていることに驚き続けた。 無事日本に帰って来て高山病のつらさも忘れかけた今、思い返すと、海外でたったひとりになるという初めての経験も含めて貴重な時間だったと思う。現地では、騙された!と思ったスパルタ友人の「ただ歩くだけ」という誘いの言葉にも、嘘はなかった。本当に、ただ歩くだけ。 言葉のマジックのようだけど、ただ、歩き続けることが出来れば、それは頂上までだって世界のどこまでだって行くことが出来るのだ。(OY)


如何でしたか?私にはOさんの貴重な(挫折?)体験が羨ましく感じられました。そして、「ただ歩くだけ」を実践しているからこそ言えるOさんの友人の「ただ歩くだけ」が印象深く残りました。それでは、日常生活に戻ったOさんにとって、そして私たちにとって「ただ歩くだけ」とは何なのでしょう?そしてそれをどのように実践していけばいいのでしょう…?(TK)