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PAM通信モバイル版

コラム vol.68 2012.11 発行

<第68回>介助のメリットとデメリット


障害者の業界(特に介助派遣業界)では、介助が必要な障害者にはヘルパーが派遣されるべきだと考えます。さらに介助は“障害がない人と同じ生活を提供する”とも考えられています。この為、介助を使った生活のメリットは注目されますが、デメリットは見えにくい状況にあります。
例えば、PAMのユーザーが介助を受けるメリットは、「自分ではできない事がヘルパーのサポートでできる事になる」、「できない事があっても独りで生活できる」など、とても強力です。しかし、そこには「ヘルパーに気を使わなければならない」、「いつも他人がそばにいて気が抜けない」などのデメリットも付いて回ります。

ユーザーは上記のように介助利用のメリットとデメリットでプラスマイナスゼロと言えるかも知れません。また、ヘルパーは給与というメリットと介助労働というデメリット(?)でプラスマイナスゼロかもしれません。しかし、デメリットだけを受けやすい立場の人もいます。例えば、ユーザーと同居する家族は「家庭内に他人がいる」ことを受け入れなければならず、ユーザーが受けているデメリットだけを受けることになります。さらに、このデメリットによるストレスにヘルパーが巻き込まれてしまうと、今度はヘルパーのデメリットがメリットを超えて大きくなってしまいます。
 さらに介助を利用した生活には以下のようなことも発生しがちです。



a) ユーザーが自分のヘルパーからデメリットを受けている家族を守ろうとして自分が家族のデメリットを引き受け、さらに家族がユーザーのデメリットを引き受けて…。と、負のスパイラル(堂々巡り)に落ち込んでしまう。

b) 家族は自分がユーザーの介助をすれば他人が家庭に入ってくることはないが、自分は介助のために存在しているのではないと悩む。

c) ヘルパーはユーザーの生活をサポートする存在であるはずの自分が、ユーザーやその家族にストレスを与えてしまうジレンマ(板ばさみ)に悩む。

d) どの立場でも、自分は相手のために尽くしているのだから、それと同等かそれ以上の見返りを期待したくなり問題がこじれてしまう。


ユーザーもその同居家族も、さらにはヘルパーも介助を利用した生活のデメリットを受けることは避けられません。だから、介助を利用した生活から「ユーザーが楽をするために自分でできる事でもヘルパーに頼む」や「家族は家事の一部をヘルパーに任せる」、「ヘルパーが見守り中に依頼を待ちながら自分のこと(例えば読書)をする」などのメリットを多めに受けても良いのではないでしょうか?さらに、デメリットを上手く処理できない時があることを認めても良いのではないでしょうか?しかし、メリットを多めに受けるにはバランス感覚が大切です。

メリットを求めすぎるとユーザーは依存的になり自立生活が成り立たなくなります。家族は介助関係の法律に違反をすることになります。ヘルパーは介助のプロとして失格者になってしまいます。さらにメリットを求めすぎて問題が発生すると、ユーザー、同居家族、ヘルパーのどの立場も“厳格”な規則の遵守が要求され、自ら不自由を招くことになってしまいます。
それでは発想を転換して、デメリットをメリットとして楽しんでみてはどうでしょう?常に横にいる他人や、家庭内にいる他人、介助先の他人などに対応する苦労(デメリット)を、その他人は“個性や特技を提供してくれる興味深い存在”であると楽しむ(メリット)に発想転換すればデメリットはメリットに替わるはずです。私見を述べれば“こうでも考えないとヤッテラレナイ”と言うことになりますが…。

介助の利用者や同居家族の受けるデメリットは見え難く、ヘルパーの受けるデメリットは仕事なのだから受けて当然と認識されやすい状況にあります。しかし見え難くても、受けて当然と認識されても、デメリットによるマイナスは間違いなく存在します。介助派遣業を営むPAMの関係者は、デメリットに起因する問題を大目にみられる余裕を持ちたいと思います。さらに、デメリットを受けている立場からは、そのデメリットを他人で解消したり押し付けたりするとデメリットはいつまでもデメリットのままなので、それをメリットに転換する方法を模索したいと思います。
この問題をどう捉えたらいいのか?どう対処したらいいのか?私にまだ答えは見つかっていません。良いアイデアを持っている人はいませんか?あなたの知恵をお貸し下さい。(TK)