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コラム vol.72 2013.3 発行

<第72回>パイの物語


 小説を読むことを普段はほとんどしない私が夢中になって読んでいる小説がある。「パイの物語」ヤン・マーテル著だ。その理由は単純で、この小説を原作にした映画「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」を見たからだ。子供のころからサバイバルに興味があった私は、トラとともに漂流した少年の、ちょっと変わった“冒険サバイバル物語”を楽しむつもりだった。しかし、期待は良い方向に裏切られた。

この映画や小説をこれから楽しむ人のために物語の概略だけを説明する。主人公の「パイ」はインドの動物園経営者の息子として育ち、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教を同時に信仰している。パイが16歳の時に乗っていた船が遭難し救命ボートでトラと227日漂流をする。その話を大人になったパイが文筆家に語っている。そして物語が語られることになるきっかけは、文筆家が見知らぬ老人から「あんたが神を信じたくなるような話を知っているよ」と話しかけられたことだった。

パイは大学で宗教学と動物学を修得した。だからパイの語りには「神」と「動物」がたくさん出てくる。そんなパイの語りで私が最も共感した部分は「動物の擬人化」を否定している部分だ。例えばパイは「動物園で最も危険な動物は人間だ」と語る。動物に“異物を食べさせる”、“棒でつつく”、“からかうつもりで自分が襲われる”などをする人間だ。だがそれよりも危険なのが「動物の擬人化」だと語る。

それは「カワイイ」、「チュウジツ」、「オリコウ」と表現される。だが同時に「オソロシイ」、「チニウエタ」、「ダラクシタ」とも表現される。パイは「私たちは動物を見ながら同時に鏡をのぞきこんでいる、常に自分たちを物事の中心に置かずにはいられないのだ」と語る。この考え方に私も共感する。さらにパイは「動物は動物であり、本質的な意味でも実際的にも人間とはかけ離れた存在だ」と語る。その上でパイは動物を敬愛している。

パイの考え方が間違っていないと感じさせる例は身近にもたくさんある。
野良猫に出会った猫好きが、猫なで声で「かわいいね~」と近づく。猫は警戒しながらじっとしている。嫌がっているように見える。  テレビから、ライオンがシマウマの子を襲うシーンが流れる。食べられる子を遠くからシマウマが見ている。

「ライオンは残酷だ!」と思う。別の日に飢えて乳の出なくなった母ライオンがシマウマを食べて餓死しそうな我が子に乳を与える姿を見る。「生き延びられて良かった」と思う。  介助派遣の仕事をしていると「あなたのためだから」と言いたくなる。でも「自分なら自分の好きにしたい」と思う。

 動物は動物として、人は人として敬意をこめて接したい。ともに現在を生きる生き物の仲間として、ありのままの動物や人を認めたい。だから動物も人も、人や社会に都合よくなくていいと思う。けれど、それだけでは上手くいかない事も多い、けれど……。

 夢中になって読んでいる小説だが、まだ半分しか読めていない。コラムの執筆はこの辺で切り上げて後半を読むことにしよう。(TK)