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コラム vol.77 2013.8 発行

<第77回>輪の中へ


ご無沙汰しております。以前こちらでコラムの担当をしておりました戸津です。
会社を移って皆様にお目にかかる機会がなくなっていたのですが、光栄なことにこの度、コラムの依頼をいただいたので、近況報告も兼ねて、私の日常のお話をさせていただきます。

数ヶ月前のこと、とある男の子と会社帰りに知り合った。
元より知らない人とも積極的に話すことが私の信条で、道すがら色んな人と面識を持つのだけど、今度の出会いもこれまでと遜色なく貴重なものだったので、ここに記して皆様と共有してみたい。
会社帰りと言えども私が退社する時間帯は、他の人たちよりも早い。断じてサボっているわけではなく、契約上そうなっているために、だ。
事務所の人たちに挨拶して、玄関から車椅子用のスロープを下りて道路に出れば、仕事上がりの私を午後3時の日差しが迎え入れる。
そこで去来するのは、のどかな日常にひとり戻った解放感と、そこから来るささやかな優越感、相反してまだ働いていたかったと、後ろ髪を引かれる寂寥感だ。
社会の輪の中につま先だけ入れた中途半端な位置から、私は様々な感情を胸に事務所を眺めて、それから帰路を走る。
帰ったらなにを食べようか。仕事を難なくこなせるように、体力がつくものがいいんだけど。
注文の多い胃袋に急かされる道中で、その日、私はひとりの男の子に声を掛けられた。

「すっげえ。その車椅子、どうやって動いてんだ?」
初めての言葉はそれ。
気さくに問いかけてきた彼は、手に持っていた水筒をランドセルに戻し、数人の友達とこちらに走りよってきた。
私の退社時間と小学校の下校時間が重なって、自然、下校中の小学生と併走する日々にはなっていたけれど、まさか向こうから話しかけられるとは。
これはまったくの想定外だった。
離れた距離から聞こえた言葉だったから、その問いかけは彼の独り言である可能性も考えられた。けれど、私は自分の信条通り、積極的に受け答えてみることにした。
「これはねぇ、下に機械がついてて、携帯と一緒で充電すると動くんだよ」
どうやら返事をして正解だったらしい。それを聞いた男の子は好奇心旺盛に瞳を輝かせ、しゃがみこんで車椅子の下部を覗き込んだ。
私の目線からでも軽々と見下ろせるその背丈からして、年の功は1、2年生のそれくらい。一緒にいた女の子たちも興味を隠し切れずに車椅子を取り囲む。
「色んな機能がついててね~、このボタン押すと車みたいにライトがついて、こっちのボタン押すと車椅子の高さが変わって、変形するの」 調子づいて車椅子の高性能ぶりを披露してみれば、男の子が「なにぃぃ」と歓声を上げ、女の子たちが「すごーい」と顔を見合わせて、はしゃぐ。
「結構高くまで上がるでしょ? だから映画館で目の前に人が座っても、全然へーき。余裕で観えちゃうんだよ」
おどけた言葉に、とうとう子どもたちは声を上げて笑いだした。
うむ、なかなかに打ち解けられたんじゃなかろうか。
反応のよさに満足し、帰路に戻ろうと車椅子の運転を再開させる。ぐんぐん進む私を逃すまいと、急ぎ足でついてきた男の子が訳知り顔で言った。
「映画館って……、映画館ってさぁ。後ろのほうに車椅子を停めるんでしょ? だって、おれ、映画観に行ったときあそこにスペースがあるの、見たもん!」

それからは仕事帰りに幾度となく、その男の子を中心とした子どもたちから声を掛けられた。
学校から渡された蚕の餌にしようと集めたらしい桑の葉を見せてくれたり、どこかから拾ってきたらしい犬の糞を道路に設置して車が踏むかどうかの観察をしているという、空恐ろしい実験について特別に明かしてくれたり、ガードレールで逆上がりをして見せてくれたり、バッタ捕りに誘ってくれた男の子と一時間近く公園で遊ぶなんてこともした。
女の子は私の車椅子の性能を自慢げに友達に教えて、男の子は私のことを得意げにクラスの友達に紹介した。
話を聞いたその子どもたちは、車椅子という未知の存在に戸惑っていたけれど、男の子を中心とした子どもたちは構いもせず私と一緒に帰ろうとする。
中途半端な位置にいた私の身体は、いつしか、殆どすっぽり、彼らの社会の輪の中に入ってしまっていた。
やっぱりこれも、想定外なのだけれど。
ただ、悪くない、と思う。
障害者はもっと積極的に社会参加できるのだと、私は自身の自立で証明するつもりでいるけど、未来を背負う子どもたちが、今ここで障害者を輪に入れてくれたことも、間違いなくひとつの証明に繋がるんだろう、と思う。
それって悪くないどころか、すごく貴重なことだ。
「車椅子でそんな状態じゃ、海にも行けないでしょ?」
珍しく神妙に問いかけてくる男の子に、だから私は笑って「そんなことないよ」と返す。「熱帯魚とも泳いだことあるし――」
「それにほら、友達が手伝ってくれるから」
ひとりじゃ難しくても、誰かの手を借りながら。どんなに遠い社会の輪にだって入っていける。

今回のコラムは如何でしたか?筆者の戸津さんは、以前はこのコラムで社員インタビューの回を担当されていました。その時とはまた違い今回のように自由に書いてもらったコラムには若さと可能性が感じられました。そして、子どもたちの輪の中に入ったエピソードには「子どもたちの輪という、社会の輪の一つに入ったプライド」が感じられる、とても興味深い話でした。今後の戸津さんとコラムへの投稿に期待していますよ!(TK)