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コラム vol.81 2013.12 発行

<第81回> APOカップvol.4


APOカップ初日。
ホテルで朝のミーティングを終え、出発の準備を始める。
トランクにしまっていた日本代表のユニフォームに袖を通す。
とうとう来ちゃった~という感じだった。
やるからには勝ちたいと、あらためて思いながら車に乗り込んだ。
車に乗り込むと約1時間。
試合会場であるSydney Olympic Park Sports Centreに到着。
シドニーオリンピックの際、バスケットボールの会場として使用されただけあって、とても大きい施設だった。
こんなところで試合できると思うと、ちょっと嬉しくなった。
車を出ると相変わらずの日差しの強さ。
サングラスを持っていなかったので、まともに空を仰げない。
皮膚がヒリヒリするような日差しから逃げるように会場に入った。

試合会場に入ると、試合用のコートが既に設営されていた。
電動車椅子サッカーは試合の時バスケットボールのコートを使用するが、普段の練習で正式なフルサイズのコートがある体育館はなかなかお目に掛からない。
今回は完全に正式な大きさのコートでやるため、いつもよりコートが広く感じた。
野球と似たようなもので、電動車椅子サッカーも会場によってコートの大きさが異なるため、広いコートであればロングボールなどで大きな展開を狙い、ちょっと狭めのコートであればショートパスやドリブルなどを中心にするなど、選手はプレーするコートの大きさに適応したプレーも求められる。
又、広いコートだと選手が動く範囲も広がるため、その分選手の体力も消耗するという面もあり、計7試合を行う今大会は、かなりタフな大会になると思った。

試合前のオープニングセレモニーが始まった。
会場内に掲げられている日本・オーストラリア両国の国旗。
周りを見ると、数台のテレビカメラがセッティングされている。
イケメンの司会の人は英語で喋っていて、何を言っているか分からなかったが、オーストラリアでAPOカップが開催できることを嬉しく思うみたいなことを言っていたような気がする。
電動車椅子サッカーの歴史はまだ浅く、このような大きい大会を開催するに至るまで様々な苦労があったはず。
それでも、アウェーながら、とても暖かく日本チームのことを迎え入れてもらった。
そのことに感謝の気持ちで一杯になった。
それと共に、ここまで街を上げて大会を開催するだけに、今大会に掛ける意気込みも凄いわけで、2011年の第2回FIPFAワールドカップで7位のオーストラリア(日本は5位)と言えど、侮れないと思った。
セレモニーが終盤に差し掛かり、国歌斉唱が行われる。
しーんと静まった会場内に響く君が代。
その会場の中心に自分がいることに、ちょっと不思議な感覚を覚えつつ、気が引き締まった。

「キュッ」
試合前のスピードチェック(電動車椅子のスピード計測。国際ルールでは時速10キロ)を終えてコートに入ると、電動車椅子の後輪と床が擦れた音が鳴った。
バスケットボールで使用しているコートということもあり、バスケットシューズと床のグリップを良くするためのワックスをかけているかららしく、かなり滑らないコートになっている。
前日の公式練習で初めて分かったが、摩擦が強すぎて電動車椅子の回転スピードも落ち、加えて蹴ったボールが摩擦でブレーキが掛かってバウンドしてしまい、うまく転がらない。
更には、後輪でボールをトラップ・ドリブルするだけで、滑らないためそのまま後輪がボールに乗り上げそうになってしまうほどだった。
かなりプレーに影響が出るほどグリップの強いコートに対し、一抹の不安があった。

いよいよ試合。
第1試合の相手はオーストラリア・ゴールド。
今大会のライバルと目していたチーム。
いきなりの対戦。いやがおうでも気合いが入る。
「ピー!」
主審のホイッスルが鳴り、試合が始まった。

vol.5へ続く(TA)
シドニーの夕焼け
シドニーの夕焼け。