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コラム vol.82 2014.1 発行

<第82回>石橋を叩き続けて渡らない


 あなたは規則的な生活をしていますか?例えば、朝起きて始めにすることは何ですか?私の場合、ベッド上で着替えをして車いすに乗り、一番始めにするのは「うがい」です。その後に窓を全開にして部屋の空気を入れ替えます。毎日の習慣です。その他にも朝食前に軽い運動をすること、朝食はなるべく抜かず昼食を軽めにすること、トイレと入浴を1日おきにすることなど、パターンを作って規則的に生活するように心掛けています。

この、生活をパターン化(規則化)することにはメリットがあります。その1つは生活にリズムができ体調管理がしやすくなることです。また、しなければならない生活の重要事項を飛ばしてしまうことが少なくなります。さらに、パターン化された生活の介助は、ヘルパーさんにも次に何をすれば良いのかがわかりやすいというメリットになるのではないでしょうか?
しかし、生活のパターン化には気をつけなければならない“落とし穴”が潜んでいるようにも思えます。規則的な生活を送っていることに「満足して何かを達成している気分」になってしまうことや「規則的にが、必要以上に」となってしまう。という“落とし穴”です。

例えば、上記の私の生活の例では、朝一番にする「うがい」や「部屋の空気の入れ替え」は気持ちがいいからしているので問題なしとして、朝食前の軽い運動は「運動をした気分になって沢山食べてしまう」ことがあります。つまり、何かの目的があって始めた規則的な生活が、規則的な生活を送ること自体が目的になってしまい、本来の目的から遠退いてしまっている。言い換えれば、手段と目的を混同させてしまっているということになります。

この“手段と目的の混同”の問題は生活のパターン化の例に止まりません。障害者業界に良くある例は、リハビリテーションは社会へ復帰することが目的であるはずが、リハビリテーションをすることが1日の主な行事になってしまい社会活動をする時間がなくなる。身体機能を向上させるためのトレーニングが過剰になり過ぎて2次障害を生じさせる。などです。また少し示す意味は異なりますが、中途障害者の多くがトイレや入浴などの身辺介助を午前の時間帯に行っている理由は、それが好都合であるからではなく、病院でしていた生活の延長である場合が多いようです。これも合理的ではないパターン化の例かもしれません。

人間の思考は「合理理的な判断をすることが苦手にできてはいるけれど、合理的な判断を志向する」と言われています。そのことを意識して自分の生活パターンや、生活スタイルをもう一度再考してみてはどうでしょう?
 “石橋を叩いて渡る”という諺がありますが、“石橋を叩き続けて渡らない”ことにならないように。(TK)