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コラム vol.84 2014.3 発行

<第84回> Mさん


 忌野清志郎さん、筑紫哲也さん、緒形拳さん、赤塚不二夫さんらが2008年に亡くなられました。私が“すごい”と思っていた人たちが相次いで亡くなられた年でした。そして昨年、私にたいへん影響を与えてくれたMさんが亡くなられました。ここ何年も交流がなかったにもかかわらず、2008年よりも喪失感や無常感を強く感じました。
 Mさんは、頸髄損傷者の全国団体を設立されたり、障害者の世界団体の日本議長を務められたり、自立支援法や障害者差別解消法の問題への提言など、多岐にわたり活躍された方でした。

私個人としても頸髄損傷の障害を持つMさんは同じ障害を持つ大先輩であり、1人暮らしの大先輩でもありました。私が1人暮らしをしようと思い始めたころ、日々忙しく行動しているMさんに無理を言って付きまとい、お宅に泊めてもらったことがありました。障害を持つ者の1人暮らしは「大変ではないのか?」、「危険ではないのか?」、「楽しいのか?」、「日々どう暮らしているのか?」、「障害を持ち介助を受けながら1人で生活するとはどういうことなのか?」などなど、密着取材をするように根掘り葉掘り聴きながら付いて廻りました。Mさんに密着した数日はとても楽しいものでした。

この体験が私に1人暮らしを始める勇気を与えてくれました。 頭の回転が速いMさんは寛容な人でもありました。Mさんの団体で育ててもらっておきながら町田の活動に収束していった私ですが否定されたことはありませんでした。私が障害者福祉業界から離れ他の仕事をしている時ですら寛容に受け入れてくれました。Mさんに叱られたと思い出せる出来事は、「雨の日の車椅子での外出は、合羽の水滴が冷たいから嫌だ」と渋る私に「雨に濡れたからと言って融けるわけではないだろ、雨だから仕事に行かない社会人はいないだろ」と諭されたことだけです。

 Mさんから影響を受けたこと、学んだことは沢山あります。そんな中でもMさんの“偉ぶらない”、“ごう慢にならない”態度は尊敬に値すると思えます。それはきっと、Mさんが自分の経験を絶対視しない客観的な視点を持っておられたからだと思います。客観的になれば自分の“間違いに気づき”、“欠点を意識する”ことができ「謙虚」でいられるからでしょう。自分もそうありたいと思わせてもらえます。でも、まだまだです…。
謹んでMさんのご冥福をお祈り致します。(TK)