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コラム vol.85 2014.4 発行

<第85回> APOカップ(vol.6)


試合で転倒した日の夜、案の定首の痛みが強くなってきていた。
それでも、耐えられないほどの痛みではない。
これも、スタッフによる応急処置のおかげだ。
でも、転倒してしまったことに対する恥ずかしさや悔しさは募っていく。
夕食の時間になりホールに行くと、周りから「大丈夫?」と声を掛けられる。
みんなの気遣いに感謝しつつ、お騒がせしてしまったことを謝った。
そして、すぐに夕食を終え、そそくさと部屋に戻る。
明日は大会最終日。
今大会では既に何人かの選手が転倒しており、今朝監督から転倒に注意してプレーするようにという話があったにも関わらず、転倒してしまった自分。
もしかしたら、明日は試合に出られないかもしれない。
それでも、明日はその分ベンチから声を出してみんなを応援しようと自分の気持ちの整理を付けながら、ベットに入った。
・・・数時間後、突然夜中に目が覚める。
ちょうど、夢で試合中に転倒したシーンが出てきた時だった。
首もまだ幾分痛い。
時計を見ると、夜中の2時、丑三つ時。
窓から外を見ると、たくさんの星か煌めいていた。
「勝ちたいな・・・」
ぼんやり思いながら星を眺めていたら、いつの間にか眠くなっていた。

目覚まし時計が鳴る。
いつの間にか窓から朝日が降ってきていた。
大会最終日の朝。
首の痛みはほとんど消えていた。

出発前、朝のミーティングが始まる。
みんないつも以上に気合いが入った顔をしていた。
それはそうだ。
今日ですべてが決まるのだから。
ミーティングを終え、様々な決意と共にバスに乗り込む。
会場へ向かうバスの中も今までとは違い静かで、緊張感が漂っている。
そして、会場に入ると更にその緊張感が増していった。
コートに掲げられている日本とオーストラリアの大きな国旗。
日本がここオーストラリアで、アジアチャンピオンを賭けて戦うことに至るまで、様々な紆余曲折があった。
だからこそ勝ちたかった。
今までやってきたことが間違いではなかったことを証明するために。

「ピー!」
この大会三度目の対戦となるAustralia・Greenとの決勝のホイッスルが鳴り響く。
異国の地で4日間7試合。
日本と真逆の天候、異なる食生活、不慣れなコート。
重度な障がいを持っている選手達の精神力・体力を奪う要因はいくつもあった。
思った以上に過酷だった。
日程が進むにつれ、夜のフリータイムにスタッフによるマッサージを受ける選手も増えていた。
体の限界が近いように見えた選手もいた。
でも、この試合ではそんなことを感じさせる選手は一人もいなかった。
僕はベンチで、今までにないくらいの大きな声を出して応援していた。
先取点をとったのはTEAM・JAPAN。
応援席から地鳴りのような歓声が沸く。
そのまま、後半を迎え優勝まであと少し。
しかし、Australia・Greenが執念の同点弾を放つ。
そして、後半も終了し延長戦に突入。
ドクターがベンチに駆け込む。
本当に限界だった。
大げさな表現かもしれないけど、この試合はまるで魂の削り合いをしているようだった。
ただの障がい者スポーツ。確かにそう思う人が多いと思う。
電動車椅子サッカーに対する思いだって当然人それぞれ。
なのに、この瞬間は純粋にすべてを掛けて選手は戦っていた。
既に、意地とか誇りとかあまり関係なかったかもしれない。
ただ、ひたすらに勝ちたいという欲望が確実にチームを支配し始めていた。
そして、延長戦、最後に点を決めたのはTEAM・JAPANだった。
最後の得点は、今まで一番綺麗なゴールだった。
2-1。TEAM・JAPAN優勝。初のアジアチャンピオン獲得。

今日でこのホテルともお別れ。
クロージングセレモニー終了後、荷造りをしながら今までのことを振り返る。
全国レベルの選手が集まり厳しいアピール合戦が繰り広げられた日本代表選手選考会、日本代表選手発表をホームページで見た時の驚きと興奮、初のアジアチャンピオンを目指し切磋琢磨した練習、ここオーストラリアの試合会場に大きく掲げられていた国旗を見た時に感じた重圧。
どれもが初めてで掛け替えのない経験であり思い出となった。
日常の中の非日常だった10日間。
日本に戻ったら多分忙しさの中にかき消されてしまうだろうけど、時折思い返したらきっと日常をアクセントしてくれる、そんな10日間の出来事だった。(TA)



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