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PAM通信モバイル版

コラム vol.86 2014.5 発行

<第86回> いつか振り返るときのために



 4月の初旬に入院をしました。前回の入院がいつだったのかを憶えていないので、かなり久しぶりの入院です。障害を負った当初は長く入院したので慣れているつもりだったのですが、久しぶりの入院には考えさせられることが沢山ありました。
 医療ミスを防ぐための体制はとても堅固になっていました。入院直後に名前やバーコードが印刷された腕輪を付けられ、検査や投薬の前にはこれを確認されました。手術の際は2人の看護師さんが声を出して確認を行っていました。PAMの介助の現場にも「声出し確認」が有効な状況があるのでは?などと思いました。

 医療従事者と患者との関係も以前とは違って見えました。医師や看護師と患者の関係は、治療を“する人”と“される人”の関係から、医療を“提供する人”と“購入する人”の関係になっていると思えました。例えば、薬の飲み方を忘れてしまう患者さんに看護師さんは笑顔で何度も同じ説明をしていました。しかし両者には依然として対立関係が内包されているようにも思えました。
 看護師さんたちは献身的でプロフェッショナルな「看護」を提供してくれました。このことから在宅における「介護」と「介助」について色々と考えが巡りました。

「介護」は総合的な援助行為を表し、「介助」は入浴や排せつなどを手伝う“直接的”な援助行為を表す。との考え方があります。老人介護やリハビリテーションの業界では、この使い分けが一般的だと思います。しかしもう1つ、「介護」は意思決定を導くことを含んだ援助行為を表し、「介助」は意思決定は援助を受ける当人に任せる援助行為を表す。との考え方もあります。つまり、「あなたにはこんな生活が良いですよ」と「どんな生活をするか自分で決めて下さい」です。

障害当事者が運営する介助派遣の業界では、後者の考え方が一般的です。この2つの考え方の違いは、援助行為は「客観的な正解に向けて行うもの」と「主観的な正解である満足へ向けて行うもの」との目標の違いであるとも考えられます。
目標を「病の治癒や緩和」と掲げることのできる「看護」に比べ「介護」や「介助」の目標は抽象的で曖昧です。しかし、生活は多様で良いと考えれば生活には「介助」との表現が適しているとも思えます。また、援助行為を主体性の尊重の度合で分けると 看護 < 介護 < 介助 になるのだと思います。

PAMは「介助」との表現を使用し、主体性の尊重が重要であるとの立場をとっています。さらに、主体性の尊重に内包されるユーザーやヘルパーが“自分本位”や“無責任”になってしまう問題点への対処として「3者は対等」との理念を掲げています(詳しくは2012年2月コラム第59回“3者は対等”をご覧下さい)。しかし、主体性の尊重に内包する問題点を上手く解決できていると自信を持って言える状態にはありません。
久しぶりの入院で医療の進歩を感じたように、時が経ち振り返って見るとPAMのヘルパー派遣事業も進歩していた、と言いたいと思います。その為にも現在ある問題に力いっぱい取り組みたいと思わせてくれた入院体験でした。あなたも是非ご一緒に。(TK)