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コラム vol.92 2014.11 発行

<第92回> 無茶ぶり



 "無茶ぶり"を辞書で引いて見ると「困難な仕事を無理やり頼むこと」、「返答に困る話題を投げかけること」、「漫才などで相方に無理難題を押し付けて困らせること」などの解説が出てきます。
 介助業界でも、この発言や要求は無茶ぶりではないのか?と思うことが少なからずあります。例えば、ユーザーさんの発言の「ヘルパーはスーツのアイロンがけくらいできて当然だ」や「ヘルパーはユーザーの車いすに付き添って歩き続けろ」などの要求は無茶ぶりではないでしょうか? また、ヘルパーさんの発言の「ユーザーは自分の生活を適切に管理するのが当然だ」や「ユーザーはヘルパーに的確な指示をしろ」などの要求も無茶ぶりではないでしょうか?

 仕事でヘルパーをしていても、苦手な介助があることや体力に限界があることは当然です。自立生活をしていても、生活管理の苦手な人や指示の上手くない人がいるのは当然です。しかし、無茶ぶりが相手を困らせてトラブルになっているケースが少なからず見られます。ユーザーの無茶ぶりもヘルパーの無茶ぶりも、相手の立場からの視点や想像力に欠けているように思えます。
 「自分と他人は違う。異なった視点や考え方を持っている」と考えることが出来るようになるのは3~4歳の頃だと言われています。発達心理学者はそれを「心の理論を手に入れた」と表現します。

 子どもに以下のようなアニメーションを見せる実験をしてみると…

 個人差はありますが、3歳までの子どもは食器棚と答え、4歳以上の子どもは冷蔵庫と答えます。食器棚と答えた子どもは「自分の見ている世界がすべての人に共通する世界だと思っている」、冷蔵庫と答えた子どもは「自分と他人は違う。異なった視点や考え方を持っている」と考えられるようになったと言えます。

 大人になった(少なくとも4歳以上になった)私たちが、自分と他人の考え方は違うと分かっていても無茶ぶりをしてしまうのは何故でしょう?自分の考えが絶対に正しいと信じ込んでしまうからでしょうか?相手の立場や意見への想像力に欠けるからでしょうか?分かってはいてもついしてしまうということでしょうか?
 介助現場だけを考えれば、ユーザーとヘルパーが良い関係にあるときは無茶ぶりは起こらないのかもしれません。しかし、その良い関係は努力なしでは継続できません。ついついしてしまうことの問題点を意識して無茶ぶりをしない努力や、お互いの立場と人格を尊重し合う意識的な努力をして、良い関係の快適な介助現場を創っていきたいものだと思います。(TK)