ヘルパー向けコンテンツ

コラム vol.97 2015.4 発行

<第97回>ALSと共に生きて考える : Ⅳ コミュニケーションとパソコンと文字盤



呼吸器をつけてからは、コミュニケーションをどう採るかが現実の課題となりました。動かせぬ身体、しゃべれぬ口、動くのは目のみの患者が他人とどう意思の疎通を図るか早急な問題でした。いかに良い病院でも患者とコミュニケーションをうまくとれない病院生活は地獄なのです。
少し話は変わりますが、コミュニケーションが私達患者家族にとっていかに大切かということについて話をしたいと思います。いささか牽強付会(けんきょうふかい:自分の都合のいいようにこじつけること)かも知れませんが、私の44年前の痛い体験を話します。その事件は1971年4月内戦下のカンボジアで起きました。当時カンボジアはアメリカに支援された政府軍とそれに反対する反政府勢力との間で激しく戦闘がおこなわれていました。私はその取材のため特派員として派遣されていましたが、任期が切れる直前にある戦闘に巻き込まれ反政府軍に捕まり拘束されて仕舞いました。UPI(米国の通信社)女性記者を含め総勢6人。ジャングルの中での長い拘束生活が始まりました。

掘立小屋に寝起きし一日に二回粗末な食事を与えられましたが、危害も加えられず退屈な日々が続きました。突然消息を絶った私達について家族や会社は心配しているに違いないが、一体どう報道されているのかが気になりました。死亡説も出ているかも。事実は元気に生きているのにこれを外部に伝えられないもどかしさ。孤立と断絶感。コミュニケーションがとれないがための歯がゆさに何度悔しい思いをしたことか!コミュニケーションを失った時のALS患者の心理的に苛立つ状況によく似ている様に感じました。自分の気持ちや思いを伝えられないのが患者にとって一番辛いことなのだと、どうか理解してほしいのです。それを克服するには我慢と忍耐の精神力と努力が必要かと思います。
結局私達の拘束は25日に及びました。内戦が始まって一年の間に記者やカメラマンなど20数人が殺されるという状況下でしたが、その間に私は解放勢力側とのコミュニケーションをしっかり粘り強くとり続け、相互の理解を深めるのに成功、無事全員の解放を実現しました。

話を戻します。話のできない患者が痒くても掻けず、蚊やハエも追えぬ辛い状況を救うのは、他人に意思を伝えるコミュニケーションです。
突然言葉を失った私を助けてくれたのは文字盤でした。透明な板を通して私の視線の先にある五十音図の文字を読み取るのです。私の場合、ベテラン看護師さんの素早い読み取りによってコミュニケーションを不自由なく取れたのは救いでした。
読者の中には、研修や実習などで文字盤を使用したことのある人もいると思うのですが、これは“習うより慣れろ”で、ただ実践あるのみとだけ申し上げておきます。 一方私の手の指がかすかに動くのを利用してパソコンの操作に挑みました。しかし、スイッチの機能が現在の製品と違って今一つで苦労しました。間も無く指も動かなくなりナースコールも使えない状況に陥りました。何処か自力で動かせる筋肉を捜した挙句にたどり着いたのが、何と舌ベロでした。舌の出し入れでセンサーにタッチするのですが、着かず離れずの距離を保ってセットするのが難しく、今でも妻に苦労を掛ける一つになっています。在宅療養になってから公費の給付を受け日立の「伝の心」を購入、今日まで使い続けています。

しかし皆さん便利なパソコンですが、ひと文字を打ち出すのに何回舌を出し入れすると思いますか?
例えば看護師の看の字を打ち出すには9回も出し入れします。療養と言う字の場合は18回です。その他に間違ったら訂正もするし編集もします。今回の連載のために用意した原稿の字数を仮に一万字とします。諸作業を総合して加えると、ゆうに万を超える回数になるのです。この数字には自分でも驚くのですが、そんなにしてまで打ちたいかと聞かれればイエスと答えます。苦労ばかりではないのです。パソコンの活用によって得られる喜びや楽しみの方が限りなく大きいからなのです。単にコミュニケーションの道具でなく意思表示に始まり、メール交換、インターネットによる各種情報の収集、写真編集、読書、ショッピングなどベッドの上から外の世界へと繋がる楽しさは例えようのないものです。

年々増加するALS患者数に応じてレスパイト(介助している家族が休む)のためのショートステイ(短期入院)を利用する人も増えたため、従来、年に四回利用できたショートステイの回数が二回に減らされ、患者間にパニックが起きています。その為ショートステイできる病院を増やそうとしています。いささか乱暴なのですが、今までALS患者の看護や介護の経験のない病院に患者を送り込み、それらに慣れてもらおうというやり方です。そのパイオニア的な役割を買って出たのが私ですが色々な体験をさせてもらいました。市内のある病院での経験は後にお話しします。

好評のうちに連載も前半を終えました。次回は連載を一回お休みして、次々回より後半をお届けします。6月は後半の第1回目「Ⅴ 看護師の役割と点と線と面の関係 患者の安心三条件」をお届けします。ご期待ください!(TK)